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Oct 15, 2013

音楽に想いを馳せる

Music in motion and stillness
多くの人にとって、人生のある一地点を過ぎるまでは音楽の趣向は程度の差こそあるにしても変遷していくものなのだと思う。

ふとした瞬間に以前好んで聴いていた音楽と再会することがある。そんなときに当時の想いたちが私たちに帰ってくることがある。言葉では言い表せないような、ある種の重さを伴ったものから、胸がほっこりするような温かいものまで。そんな経験を幾度となく繰り返すうちに、改めて心に残る音楽とは、作品自体の素晴らしさだけではなく、そこに付随した私たちの想いが私たちを離さない、そういった種類のものなのではないかと思わずにはいられない。

それは言葉によるフラッシュバックとはまた違う、私たちに選択の余地を与えない類いのものな気がする。それが音楽の素晴らしさであり、同時に残酷なところでもあるのではないか、と。

music
(Aldous Huxley)

Oct 7, 2013

【ゲーム】ジョジョの奇妙な冒険オールスターバトル



例の悪名高いジョジョゲーですね。このゲーム、発売当初からいろいろ(主にマイナスな内容)言われ続けてます。そんな、この「ジョジョの奇妙な冒険オールスターバトル(ASB)」を最近はちょくちょくやってます。記憶が正しければ、がっつり格ゲーをプレーはSFCのストファイ以来という完全な格ゲー初心者です。なので、初心者目線でその辺を中心に遊んでみた感想を。


コンピューターが弱い
格ゲー上級者にとっては否定のしようがないんじゃないでしょうか。しかし、僕なんかはオプションでCOMの強さを最高レベルにしたところ適度なレベルに落ち着きました。だいぶ鍛えられてます。

キャンペーンモードの課金制度
(アップデートを経ての)現在の状況について言えば、課金云々だけではなく、未だに完全に作業ゲーです。結論を言えば、個人的には快適に遊べてます。「エネルギーがなくなった→課金はあり得ないので待たなくてはいけない」なんて状況には陥ったことないです。自動回復が十分な速度なので、プレイに支障はでていないです。次に作業ゲーであることについては、格ゲー上級者の方々にとっては「雑魚コンピューター相手の無駄なバトル」なんでしょう。これが初心者にとっては、案外修行になってます。(ヴィジョンがおそろしく強いときがあるのでそれなんか特に鍛錬の機会になってます)

ステージの少なさ
これに関しては、僕の中に比べる材料がないので何とも言えないというのが正直なところ。しかし、普通に遊んでいて、ステージが少ないな、と思うようなことはなかったです。むしろ、ネットでの批判を目にするまでは結構ステージが多いな、といった印象を持ってました。

キャラクターのDLC
DLCはあくまでプラスアルファな感じがするので(メインキャラクターは普通に使える)、仕方ないんじゃないでしょうか。課金してまで使いたいキャラクターがいないのもありますね。

ジョジョの奇妙な冒険

いろいろ言われているのは、やっぱり発売前の情報からイメージされていたモノと実物がだいぶ異なっていたところが大きいのかなと。もちろんダメな点もありますが。僕の場合は、発売前のリサーチもしてなかったです。さらに自分で買ったわけじゃないので(弟が購入)、言ってみれば、無料で遊んでます。そんなこともあり、ダメな点にはあまり目がいかないのかなと思います。

総評としては、なかなか楽しんでプレイできてます。ASBのおかげで格闘ゲームの奥深さ/おもしろさに目覚められたのもおおきいです。これに関しては、@masamisceさんのおかげでもあります。ASBではだいぶシゴかれてます。もはや彼は僕の格ゲーの師です。笑

まだまだ飽きはきていないので、もうしばらくは卒論の合間を縫ってプレイしていくと思います。

【独断的評価】★★★☆☆

Aug 23, 2013

J-pop in the 90s

Karaoke with @masamisce and Meg last night. We somehow ended up picking songs mainly from the 90s.







Jun 1, 2013

溢れる声、そして消化不良


そんなことを感じてしまう。なんとなく辛いといった感じ。

Information Overkill...
溢れる情報。容易に届けることができるようになった声。役に立つ、背中を押してくれるような、そんな類いのものばかりではなく、伝染する憂鬱、傷のつけ合いの類も少なくはない。消化しきれない情報によって陥る消化不良。だからといって声を遮断することはむずかしい。どうにかして対処する必要があると思う。

writing in her journal
僕は、「書く」ことで「吐く」。今までよりも少しだけ聞こえてくる声から距離をとる。そして、残った声たちに想いを馳せる。ブログであったり、手書きであったりを通して。それは、あくまでひとつの方法であって、正解であるかはちょっとよくわからない。少なくとも、多少なりとも気は楽になったりもする。そんな気がする。

May 16, 2013

「選択するふり」をする僕たち


自由意志というものなど存在しないのかも、と。そんなことを少し前から感じることがあります。
『1Q84』で青豆というキャラクターがこんなことを口にします。
「でもね、メニューにせよ男にせよ、ほかの何にせよ、私たちは自分で選んでいるような気になっているけど、実は何も選んでいないのかもしれない。それは最初からあらかじめ決まっていることで、ただ選んでいるふりをしているだけかもしれない。自由意志なんて、ただの思い込みかもしれない。ときどきそう思うよ」
Born
僕たち、人間は始まりから受動的存在。生まれようとして、この世に生を授かる人はいないですよね。知らぬ間に、この世に転がり込んでくる僕たち。母語の選択もできずに。なんだか知らぬうちに言葉を口にしているといった具合。そして、気づけば「選択しているふり」をするようになると。

村上春樹つながりでいけば、去年のエルサレムでの受賞スピーチで、彼はこんなことを言っていました。

“Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically.” (http://www.salon.com/2009/02/20/haruki_murakami/)
 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させ始めるのです。
http://ameblo.jp/nattidread/entry-11346558241.html
29/52 choice paralysis
人生は選択の連続です。今夜の夕食の献立、どのテレビ番組を見るのか、どの学校を受験するのか、どの職業に就くのか、電車に乗るのか、歩くのか。それは、選択に埋もれている僕たちなのかもしれません。そこに在るのは、村上春樹の言うところの「システム」であって、社会であって、周囲の人間であって、と自らの選択に影響を与えてくるモノたち。あるいは、見方次第では、そういった介入に、僕らは救われているともいえるかもしれません。

それが良いことなのか悪いことなのかはわかりませんが、少なくとも完全に自由なる意志は、おそらく存在などしていなくて、代わりに存在しているのが、「選択しているふり」をする僕たちなのではないでしょうか。

May 2, 2013

白か黒か


大人なのか。子供なのか。オタクなのか。中二病なのか。ノマドなのか。暇人なのか。好きなのか。嫌いなのか。真面目なのか。不真面目なのか。

世界はどうにも二極化しがちだ。そうすることで人間というものを「わかろう」としている、僕たち。ただし、本当のところ、そんな風にシンプルにはカテゴライズできるようなものではなくて。そんなことをわかっているから、その狭間で見失う。グレーゾーンに漂う、僕たち。

わからないからこそ、わかろうとする。そもそものところで、わかるはずのないものをわかろうともがいている。そんな様が、歯痒くも、美しい。

ここ何日か、暗くなるとジンを独りでちびちびやっている。煙草も吸う。グレーゾーンから抜け出せる気はしない。


Feb 12, 2013

英語のお話

以前から英語学習について記事を書いてくれとの依頼があったので書いてみようかと思います。

一言に「英語学習」といっても難しいですよね。

・学習開始時の学習者の英語のレベル。
・学習者がどの程度のレベルを目指しているのか。
・学習者が英語学習にどの程度時間を割けるのか。

そのへんをがっつり無視して、ある程度万人に共通して有効であろう英語の勉強の仕方を書いてみようと思います。さらに言えば、あんまり勉強っぽいことはしなくていいと思ってます。

「英語書くといいよ」
"Writing", 22 November 2008
可能な限り、コンスタントに英語を書くといいと思います。日記でもいいですし、好きな本や映画の感想でもいい。そして、誰かに添削してもらうとさらに効果大です。(添削でしたらLang-8といったウェブサイトもあります。)

「そんなこといわれてもねー」ですよね。「ライティング」って簡単なことではないです。コンスタントに書けるレベルになるだけでも一苦労です。
ではそのために何をすればいいのか。

「英語読むといいよ」
reading
書けるようになるにはどうすればいいか。当たり前ですが、頭の中にある程度のインプットがないとアウトプットできません。そのために「読む」わけです。読むことで、よくでてくる表現や便利な表現は必然的に頭に入るわけです。

「英語聞くといいよ」
Listening to Music on the Train
「英語読むってきつい。」ってな場合には、とりあえず英語を「聞き」ましょう。これも要はインプットなんです。海外ドラマでもいいし、映画でもいいんですが、①.日本語字幕付きでみる。②.英語字幕付きで見る。③.字幕なしで見る(聞き取れなかった箇所は巻き戻しつつ)。④.字幕なしで通してみる。

最終的に「コンスタントに書く」ことを目指してほしいです。なぜでしょうか。「英語が書ける」ようになるために必要なスキルが「話す」であったり「読む」行為とつながっていると思うからです。まぁ「書く」ために「読む」、「聞く」も行うわけですから当然なのですが。

こんな感じでいいですかね。大雑把に書いたので、詳細はまた別の機会に書きます。

Aug 12, 2012

変わらずに変わり続けている。

なんだかんだで三年生の夏休みを迎えた僕であります。相変わらずの僕でありますが、どうやら学年だけは積み重ねているよう。

今日は、最近になり実際に会う機会はなかったけれど、このブログをみてくれてるであろう友人達に向けた僕の近況報告的な意味を込めて書いてみようと思います。

まず記しておきたいのはEnglish Jamのこと。

周りの助けを大いに借りながら今年の3月に始動させることができたEnglish Jamは少しずつですがそれっぽくなってきてました。
開始当初は京王線北野駅にある市民センターで活動しておりました。
そして、@polly82jpさんの力と貴重な時間をおかりすることで活動の拠点を中央大学にも広げることができました。そして、7月からは普段から仲良くしてもらっている大学の先生の御協力のおかげで、日本大学文理学部がEnglish Jamの新たな活動の拠点として加わりました。

そして、開始当初には想像すらできなかったほど多くの人に大学の壁を越えたところでEnglish Jamに参加していただいております。いつも仲良くしてもらってます。なによりも、僕は彼らからとても多くの刺激を受けております。これからもEnglish Jamだけではなく、おいしいお酒も一緒に呑みましょうね(笑)


僕の個人的な話もちょろっと。
こういう時期なので卒論やら就職活動の話をまわりでよく耳にするようになりました。
僕は、良い意味でも悪い意味でもそういう流行りの話題に合わせることができない人間なので、困ったものです。 しかし、とりあえずのところは「おもしろい方向」に迎えているので人生というものを楽観的にとらえております。つまり、English Jamであったり英語を教えたりといったように色々と挑戦できているので、現段階では楽観的姿勢を貫いております。というか、周りの手助けがあったおかげで楽観的姿勢を生まれてから続けております。こういうところはこれからも変わらないでしょう。良い意味でも悪い意味でも。

現在の僕はこんな感じです。

Apr 8, 2012

リア充を考える

Happy couple

「リア充」、「非リア充」という言葉。
ときに差別的であったり、ときには仲間であることの承認のために使われていますよね。
そんな言葉について少し考えてみたいと思います。

まず、一般的にどんな人が「リア充」(もしくは「非リア充」)とよばれるのでしょうか。
なにが両者をわけるのでしょうか。

僕が日常生活での会話やTwitterを通してよくきくのは以下の3つのようなポイントです。

「リア充」と「非リア充」をわける要因

①彼女/彼氏の有無。

②多くの友人をもっているのかどうか。


どうでしょうか。この2つの条件のどちらか、もしくは両方を満たせば「リア充」で、そうでなければ「非リア充」になるというのが一般的な認識だと思います。しかし、僕はどうもこういった認識にどうも違和感を覚えます。


もともとは「リア充」という言葉は「リアルライフが充実している」という意味ですよね。
だとするならば、本質的には①も②も「リアルライフが充実している」状態の一部であっても、充実している理由としては十分ではないような気がします。

では、一体、何をして「リア充」とするのか。
「リアルライフが充実している」状態とは、「自分がやりたいことをやっているのか」、だと思います。つまり、なんらかの目標や夢をもってそれに向かう人こそが本質的な意味での「リア充」といえるはずです。なので、たとえ①や②の条件を満たしている人(一般的にリア充と言われる人)でも、なにか追い求めるものがない限りは本来の「リア充」ではないといえるのではないでしょうか。①や②といった条件は、本質的な意味での「リア充」かどうかにはあまり関係がないと思います。

「リア充」=「自分が本当にやりたいことをやっている人」

Mar 30, 2012

言葉で伝えること

Languages
私たちが他者に何かを伝えようとするとき、方法はたくさんあります。
「言葉」もそのうちのひとつです。

だからといって「言葉」がいつも最も理にかなった方法かと言われれば、僕はそうだとは断言はできません。場合によっては、目であったり、それも含めた表情であったりが「言葉」なんかよりも多くを語ることがあります。

そして、「言葉」で伝える場合には、ひとつひとつの言葉に対する感じ方も個人によって少しずつ違ってくるでしょう。また、私たちがそもそも伝えるのに必要な単語であったりを十分に持ち合わせていない可能性だってあるでしょう。

しかし、それでも僕は「言葉」を使って、口に出して伝えたいと思ってしまいます。

僕は高校時代の約半分をヴァージニアというアメリカの東海岸にある州で過ごしました。当時、僕のまわりの人々は"Thank you"はもちろんのこと、"I love you"や"I got your back"といった言葉を日常的に当然のように口に出していました。もちろん、僕もそうでした。そして、ときどきそんな風に暮していたことがとても恋しくなります。シンプルに口に出すことで、しっかりとした形で相手に好意を伝え、相手から好意を受け取ること。

Funeral of RUC Police Officer Martin Vance

人生は恐ろしいことに、何の予兆もなしに終わりを迎えてしまう可能性を秘めています。それは、3.11といったような天災によるものであったり、9.11のような人災によるものであったりします。もしかすると、交通事故であったりするかもしれません。

Saying Good-bye to Lenny

人がいなくなってしまうときに、恥ずかしいといった感情はおそらく消えてしまうでしょう。しかし、そういった感情のせいで普段の生活のなかで伝えられなかった、伝わっていたかわからない大切な気持ちは、どうなってしまうのでしょうか。おそらく、最も、というか唯一の後悔することになってしまうのではないでしょうか。

だとしたら、僕は「恥ずかしい」なんていう気持ちは、捨ててしまい、大切な人たちに伝えるべきことはしっかりと口に出して伝えていきたい。

Mar 29, 2012

何かを生み出してくこと

消費だけの生活から、少しでも何かを「生み出せる」ようになりたい。

そんなことを最近よく思います。

バーガーキング

現代社会に生きている限り、僕たちは人間同士の「繋がり」の中から逃れることはできないでしょう。僕たちが生活の中で使う物はすべて誰かが生産したものです。たとえばファーストフード店のハンバーガー、そこにあるスマートフォンやパソコン。個々の素材(部品)を製造する人、それを調理する(組み立てる)人、もしくは実際の商品を運ぶ人、それを販売する人といった、挙げればきりがない「生産」のおかげで、僕たちは初めて「消費」することができているわけですよね。だとしたら、「消費」ばかりしている僕のような人間には、自分は何を「生産」できるのかという問いが生まれてきました。


吉野源三郎氏の『君たちはどう生きるか』。僕がこの本を初めて読んだのは中学生のときだったと思います。当時なかなかの衝撃を受け、その時から今までに何度も読み返してきました。この本、すごく読みやすいのですが、ものすごく大切な問いかけを読者に投げかけてきます。その中のひとつが人生における「消費」と「生産」に関するものです。当時の僕は「おまえは何を生み出しているのか?」の問いに対して、「おそらく何も生み出していない。でも、自分に何ができるのかは見当もつかない。」といったような状態だったと思います。

動機、理由、そこから得れるものを抜きにして考えれば、おそらく微々たるレベルでの「生産」は多くの人にとって可能だと思います。たとえば、アクセサリーを作って販売する、曲を作る、なんらかのサービスを提供する、イベントを企画するなど「生産」の形はたくさんあるでしょう。

では、今の僕は、果たして何かを「生産」できているのでしょうか。
結論からいえば、本当に微々なレベルでの「生産」は行っているのではないかと思います。アルバイトで英語を教えたり、外国人の方に日本語を教えたりしていますが、これも一種の「生産」行為であると思います。または、読者が一人でもいてくれる場合は、ブログだって一種の「生産」行為ではないでしょうか。また、現在僕が行っている英語ディスカッションの集まりも「生産」と呼べるレベルにまでもっていきたいと考えてます。

「生産」に関しては、その行為自体に加えて「動機」や「結果として求めるもの」(金になる、ならない)などの要因が絡んできます。さらに、「消費」をする際には、多くの場合、「通貨」が必要にもなってきますので、「消費」と「生産」的行為とは切っても切り離せないところがあります。これは「働くこと」とも大きく関係している問題です。どうやら学生の僕はこのことをもっと突き詰めて考えていかなくちゃいけないようです。

Mar 2, 2012

English Jam

最近、個人的にいくつかのプロジェクトを企画、そして実行に移していこうと奮闘しているのですが、今日はそのうちのひとつである"English Jam"が形になってきているので、現時点でまとまっていることを簡単に書いていきたいと思います。

Panton Discussion 1,RP

・週2回(土日)開催。e_jam_hcj@yahoo.co.jpにメールしていただき、参加したい日時を教えてもらえれば、好きな時に参加できます。

・毎回、6人以上参加者が集まった段階で場所を予約します。

・八王子市内での開催。メインとなる会場は、土曜日は北野市民センター。日曜日は中央大学多摩キャンパス

・1回約3時間の二部構成。前半は英会話を中心としたもの。後半はTEDから毎週一本トピック動画を決め、それをテーマとして用いながら英語でのディスカッション、プレゼンを行う。

・基本的に無料で参加できます。

第一週目(3月24日、25日)、第二週目(3/31(土)4/1(日))は無事終えることができました。次回は4/7(土)4/8(日)に中央大学多摩キャンパスで開催します(詳細についてはチラシ記載のアドレスにご連絡ください)。英検準1級や2級、TOEIC700, 800点持ってるけど英語をうまく使えない。留学後の英語力の維持したい。留学に向けて使える英語を身につけたい。そんなかたに参加してもらいたいです。現在参加予定の方はそういった想いを持った大学生、大学院生が中心です。しかし、参加者の方の年齢は問いません。社会人や高校生の方にも参加していただきたいです。また、「英語でのディスカッションとか難しそう…」「英語力に不安がある」そんな方でも、英語を本気で身につけたい方なら大歓迎です。参加していただければ、教材や勉強方法などを紹介していく形でサポートしていきます。

追加事項:

現段階では、週2回(土日)の日中の開催ですが、希望者が何人かいたので、土日のどちらかの夜(19:30~21:30ぐらい)にTEDを用いたディスカッションを行うほうだけの開催も考えています。ただし、これは夜間の参加希望者が6人以上集まったときにだけやっていきます。おそらく月に1回ぐらいになると思います。


(English Jamのために友人の@Ythebassmanに協力してもらい作ったチラシです。)

興味のある方はチラシにあるアドレスにメールしてもらえれば詳しく説明します。

また、このイベントのツイッターのアカウントもありますのでよろしくお願いします。(@e_jam_hcj)

Feb 6, 2012

大学生がブログを始めるべき理由

friends

Twitterなどをやられてる方には、なんかいまさらな気もしますが、、、
今日は大学生ブロガーのひとりとして
大学生がブログを始めたほうがいい理由を書いてみたいと思います。なぜ、大学生なのか。おれは大学生だがブログなんてもんはやっとらん!ってかたはご覧ください。

ポイントは大きく分けて3つあります。





1.時間がある
...Time...

まずは大学生は社会人と比べて自由に使える時間がたくさんあります。
そして、ブログをやるにはそのために割ける時間が絶対に必要です。ぼくもひとつのエントリーを書くために2~3時間は普通に使います。また、特にブログを書き始めたばかりのころはアイディアをまとめるために異常に時間がかかってしまったりするものです。またまた、個人的なことをいうと、高校生の頃、ブログに書くことをまとめようとして4~5時間考えあぐね、結局何も書かないってことが多々ありました。笑 ましてや自分のブログを多くの人に読んでもらおうと思ったらより多くの時間が必要になってくるはずです。なので、 この点では社会人よりも大学生に圧倒的なアドバンテージがあるわけです。


2.インプット、アウトプットの強化
Books

本やインターネット上からのインプットが大切なのはもちろんですが、
そこで取り入れた知識や情報をしっかりとした形でアウトプットできる能力はどんな職業の人にとっても価値のある力だと思います。ブログはそういったアウトプットの力を鍛えるためのツールとして使えるものだと思います。そういうことをやるのならTwitterのようなSNSでもやろうと思えばやれると思います。しかし、やはりしっかりとした長文の形でアウトプットするのなら140文字の制限があるTwitterよりも文字制限のないブログという形のほうがより適しています。

さらに、個人的によくみているハピラボさんの「ブログを書いてアウトプットする」というエントリーにも以下のようなことがブログでアウトプットする際の優れた点として挙げられていました。

・仲間ができる
・同じことに興味を持つ人の役に立つ
・フィードバックが得られる

これらのポイントはブログというものを通じたアウトプットのスタイルだからこその利点だと思います。ここでいわれている仲間ができるという点ではTwitterも併用するといいです。僕がTwitter上でフォローしている大学生ブロガーの多くの方はTwitterで仲間をみつけ、ブログでディープなフィードバックをもらうというスタイルを確立されてます。身近になったSNSを使うことでブログを見てもらえる機会が増えているのです。つまり以前よりブログを通じたアウトプットがやりやすく(継続しやすく)なっているのではないかと思います。


3.好きなことの追求
056/365: I'll paint our love with wild flowers

時間があって、アウトプットを鍛えられるツールがある。
そこですることは興味のあることの追求だと思います。これも時間のある大学生ならではの特権ですよね。

ここで重要なことは、ブログがインターネットを介したツールだということです。たとえば、あなたは大学生。カラスに興味があり、それに関する自分なりの知識や生態についてブログを書いています。それをカラスを研究している研究所の研究員がみます。そして、あなたはのカラスに関する見識はすばらしい!卒業後、うちで働いてみませんか?ってことに。ものすごく適当な例えですが(笑)、ブログやTwitterを通してならあり得ない話ではないですよね。ここまで極端な発展につながらなくても、(社会人の方が)会ってみたい、とかなら十分起こり得ることだと思います。

<最後に>
おそらくこれを読んだ多くの人は大学生のかたなのかなと思います。
これを期にブログ始めた!なんていう人がいらっしゃったら教えてください:)

最後までお付き合いいただき感謝です。

Jan 2, 2012

Creativity and technology

Where does creativity come from?

The answer would be us. No matter how tech develops, creativity always comes from ourselves. Of course, technology helps us to share or construct your ideas. Still, though, we are the ones who create something new.

Here's some videos I found on Youtube past several days.



Adorable, isn't it? I think when it comes to creativity, reading helps you much more than your iphone does.



I think it's more understandable now. Technology develops faster than you think it would.

What I'm saying is that creativity is something we have inside. That's why we need to, for example, read a book to stimulate our creativity. Then, technology is something that helps us to do that faster and broader.

This is what I think :)